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引きこもり支援鈍報 in はてな

珍しい食べ物が食べたい

叱られた時にありがとうございますと言える人を108回くらい叱り続けたら壊れると思う

こんにちは

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鋭いヒールで踏みつけられたとき、ちゃんと「ありがとうございます」って言える人、ぼくです。

 

突然ですが、あなたは叱られた時どんな対応を取りますか?

 

ご指摘ありがとうございます、と言って指摘された点を正すように心がける。

言い返す。

とりあえず泣く、喚き散らす、逆切れする、反省してまーすと言う。

 

叱られた内容や、指摘してきた相手の立場によって使い分ける方もいらっしゃると思いますが、感情に左右される生き物である以上、どんなにただしい指摘をされたとしても、イラっと来てなかなか素直に受け入れられない時だってあります。

 

人間関係をスムーズにこなすために、叱られた時はご指摘ありがとうございますと言ったほうが良いと、ネットで見かけたりしますが、そんなことで人間関係が上手くいくだなんて甘いことはありません。

叱ってくる人のタイプを判断して対応するべきであり、万能用語のように「ご指摘ありがとうございます」を使い続けると、場合によってはイジメの対象にも成りうるという事を人間関係に悩んでいる方に伝えておきたい。

 

予め言っておきますが、この記事は叱られた時の対処法とか、逆ギレされた時の対処法を伝授するような内容は一切ありません

「ありがとうございます」は万能ツールではない

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強い口調で叱られた時、あなたは何を考えるのだろうか。冷静にその発言を分析して自己の反省点を見つけ出し、きちんと相手方に感謝の気持ちを述べるのか。はたまたその口調に押されて、感情のスイッチをONにしてしまうのだろうか。

 

前置きでも語ったようにご指摘ありがとうございますという言葉は万能ではない。どんなに自分が(誰から見ても)正しい行動を行っていようとも、変わり者が指摘してくることだってあります。そんな相手に「ありがとうございます」と言い続けていたら、自分の肩身が狭くなるし、何も得られないことだってあります。

たとえ薄っぺらい上辺だけの「ありがとうございます」を伝えたとしても、言ってしまったが最後のようなもので同じ事をもう一度その人の前でしてしまえば、鬼の首を取ったかのように叩かれます。だから二つ返事で「ご指摘ありがとうございます」なんて仏のような発言をすることは、まず自分のためにならないからよく考えておいたほうが良いでしょう。

 

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 「人が叱ってくれるのはその人を成長させるため」と教えられてきて思ったことは、お叱りを受け止めるためのクッションのような考え方の一つに過ぎないことと、怒鳴りつけるように叱ってくる人に人を成長させたいという思いなど微塵たりともないということ。

もちろん例外もあるだろうが、それはその人が怒鳴られ続けて成長してきて、たまたま成功しただけの経験から勝手に勘違いして、怒鳴りつければ人は成長すると安易な発想で怒鳴りつけているだけに過ぎない。

殴られて成功してきた人間は、その経験を活かす前に殴られ続けて死んでいった人たちの顔をよく眺めておくべきだと思います。

 

そんな稀な例は置いておくとして、人のために人の間違いを指摘する「叱り」と、ただ感情に流されるまま正論のようなものを振りかざす「怒り」は、たとえ言っていることが同じであっても指摘してくる人の目的は大きく異なります。

冷静になって、指摘された点を見つめなおすのは大事ですが、感情に任せて怒鳴りつけてくるような人に対して「ありがとうございます」だなんて言ったら最後。そもそもその人はあなたに対して友好的な関係を築こうとしていると思っていない可能性だってあります。

 

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揚げ足を取って、嫌いな人間を反論の余地もなく畏怖させることを目的として怒鳴りつけてきた人間に対して「ありがとう」と言えば、怒鳴りつけた人はますますあなたの事を嫌いになるでしょう。

 

その方法で勝手にフェードアウトしてくれるようなこともあるとは思うが、それはたまたま運が良かったと思ったほうがいいでしょう。職場であったり学校であったり、毎日顔を合わさざるを得ないような集団の中にそういう人が居た場合、さっさとその人より力をつけるか、媚を売った方がその人との人間関係だけなら上手くいく。

 

簡単に、思ってもいない「ありがとうございます」だなんて言葉を使い続けると、そういう人の怒りを買うだけでしかないと言う事は知っておくべきだと思います。

 

逆ギレだってしても良い、だって人間だもの

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みなさんは逆ギレってしたことがありますか?

世の中には叱られた後、カッとなって言い返す人たちもいます。もちろん指摘された内容そのものに問題がある場合、それに対して言い返す場合は反論であると言えますが、そうでない場合、とくに論点をすり替えるタイプの逆ギレをすることだってあります。

 

  1. 暴言を交えつつ叱る→ 言い方を考えろ!
  2. 叱ったうえで制裁として過剰な要求をする→ やりすぎだ!

 

例え指摘した側がいくら正しいことを言っていたとしても、その指摘の仕方次第では当然逆ギレされてもおかしくないわけで。こういった逆ギレは、むしろしておくべきだとぼくは思います。

暴言を交えつつ叱る→ 言い方を考えろ!

1は、よく相談を受けていたパターンで、逆ギレされた側である相談者が「あいつに逆ギレされたんだけど、腹立つわ」とまるで自分の間違いに気付いていないどころか、自分が吐いた暴言やものの言い方について、「叱ってやっているんだから、それくらい我慢するべきじゃない?」とまで言う始末。という事があった。

そのときは、「その理屈が正しいというのなら、ナイフで胸を抉られながら正論を振りかざされても文句を言うなよ」と助言しておいた。もちろんナイフで抉りながらではありませんが。

そのひとが逆ギレをしなかったら、おそらく彼は人を叱るときは正論さえかざせば何をやっても構わないという勘違いモンスターになっていたことでしょう。

 

 叱ったうえで制裁として過剰な要求をする→ やりすぎだ!

2については、程度にもよるがほぼ恐喝であると言う事を認識していただきたい。何かしらの損害が発生したからと言って、それを良いことに過剰な要求をして、それに対して異議を唱えることが許されないというのであれば、この国に民事裁判なんて必要がありません。

 

逆ギレは恥ずかしい事であるという風潮は、正義という名の棍棒を振り回しているだけの怪物をつけあがらせるだけの、くだらない文化に過ぎません。

反論の余地もないくらい正しい指摘さえしていれば、部下に対して暴言をぶちかましても問題が無い。殴っても良い。

他人のミスで損害を被ったら、有り金全部かっさらっても構わない。

そういった人間を作り上げてしまうような文化だと思います。

 

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こうした「逆ギレは恥ずかしい事である」という風潮に乗ることはパワハラを認めているようなもんだと思ったほうが良いです。

さいごに

 

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逆ギレすることもできずに、叱られた際に「ご指摘ありがとうございます」としか言えない人は少なくないんじゃないかなと思います。完全にカンですが。

一時期ではありますが、ぼくにもそういう時期はありました。その経験があったからこそ「ご指摘ありがとうございます」は万能ツールではないことを身をもって知ることもできた訳です。

 

人を叱る必要があると判断した時は、まずこれから自分が言おうとしていることを考えて、自分が同じような指摘のされ方をしたときに、どう思うかを見つめなおしたほうが良いでしょう。逆ギレされるような叱り方をしても、恨みを買うだけで何の解決にもならない事もあります。

「叱る側だって人間なのだから怒ってしまうことだってある」とばかり言って、自分の叱り方を見つめなおそうともしない人は「叱られる側だって人間なのだから鬱になってしまうことがある」って事をちゃんと考えたほうが良いです。まあ相手を鬱に追い込みたいってだけなら話すことはないですけれど。

 

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ちらほら見かける、教育者による過剰な説教で亡くなっていく方々のニュースを見ながら思った話でした。

 

ではでは

 

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